音楽家と身体能力 その2

  • 2018.09.09 Sunday
  • 09:06

JUGEMテーマ:音楽教室

 

 

〜前回の続きです〜

 

音楽的に遺伝的影響が大きいと考えられるのは、歌手の声帯と金管楽器奏者の唇の形状です。

どちらも交換できず、トレーニングを積んだから、自分が理想とする形状に近づくということもなく、もし形を変えるとしたら整形手術以外に方法はありません。

歌手の中には永英明さんやデイヴィッド・カヴァデールのように、ポリープ除去手術を行った前後で明らかな声質の変化が現れるケースは少なくないです。

(気になる方は永英明さんのアルバム、『Nostalgia』と『太陽の少年』を買って、声質を比べてみて下さい)

 

ただどちらもバスケットボールにおける身長のように、声帯が長ければ長いほど良い、唇が厚ければ厚いほど良いというものでもなく、声質、音質は全くの個性です。

隣の芝生は青いと感じてしまう人も多いようですが、どのような形状でも生まれ持った才能を活かすと捉えれば、遺伝的な能力の優劣に差があるとは決して言えません。

 

唯一、差が出てしまいがちなのは手の大きさで、弦楽器、鍵盤楽器では手が大きいほど有利な場合もあります。

手が大きければ楽に演奏できるフレーズも、手が小さいと指を目一杯伸ばして演奏しないといけないということもあります。

しかしピアノやギターの演奏家は指の関節が柔らかく、楽器未経験者よりも手を広げた時の横幅はずっと広くなっています。

このフィンガーストレッチができれば、基本的な奏法や、定番とされる楽曲では、さほど手の大きさは関係なく、大抵は問題ありません。

 

ただ手の非常に大きい演奏家が作った楽曲の中には、作曲家の意図通りに弾くには、その手の大きさが必須である場合もあります。

ピアニストで作曲家のラフマニノフは身長が198cmであったとされ、もちろん非常に手も大きかったと言われています。

ですので彼の作曲したピアノ曲は手の小さい子供や女性には、非常に弾きづらいと言われます。

またギタリストのアラン・ホールズワースは190cmを超える長身で、非常に大きい手の持ち主でした。

彼のフレーズを弾きたいと思っても、物理的に無理な場合が多々あります。

 

ただ手の大きさが原因で物理的に演奏できない曲があったとしても、他の世の中の99%の曲は演奏できるわけですから、手の大きさが致命的なデメリットになるとは考えられません。

実際にベートーヴェンは162cm、ショパンは170cmと現代人から見ると、決して大柄とは言えませんが、自身の手のサイズに合った非常に優れたピアノ曲を残しています。

ギタリストのエディ・ヴァンヘイレンは、アランホールズワースのフレーズを何とかして弾けないか研究を重ね、右手で押弦するライトハンド奏法を編み出しました。

今ではライトハンド奏法は広く知れ渡り、手の小さいギタリストのための演奏という括りではなく、ギターの可能性を広げ、ギター演奏の歴史そのものを覆す革命的奏法となりました。

 

このように手がさほど大きくないからといって、演奏を諦めてしまうのはナンセンスです。

ただフィンガーストレッチが必要となる楽曲の練習で、指を痛めてしまうということはあるので、痛みを感じたらすぐに演奏を中止するなど、指のケアは非常に大事です。

音楽家と身体能力 その1

  • 2018.09.08 Saturday
  • 07:13

JUGEMテーマ:音楽活動

 

 

昔、とあるテレビ番組で2m40cmと2m30cmの非常に背の高い人の特集を観たことがあります。

彼ら二人とも共通のある特技があって、それは腕相撲なんだそうです。

体重や筋肉量は身長に比例するのではなく、身長の3乗に比例するので、身長170〜180cmの人と比べて230cm〜240cmの人の体重や筋肉量は、単純計算でも2、3倍になります。

自分と同じ体格の人間二人と綱引きで勝負するようなものですから、身長170〜180cmの人が230cm〜240cmの人と力比べでは、真っ向勝負ではまず勝ち目はありません。

 

バスケットボールの世界では、中学生男子の日本代表チームでは平均身長が190cmを超えている時期があったりと、高身長が絶対的に有利と言われています。

中学生男子の平均的な身長である150cm、160cm台の選手では太刀打ち出来ず、トップ選手になるためには努力では超えられない身体的壁が立ち塞がっています。

 

他にも短距離走や格闘技のヘヴィ級以上の階級では、遺伝的な筋力量や生まれ持ったフィジカルの強さが重要な要素となります。

例えば全盛期のマイク・タイソンのスパーリングでも見ようものなら、こんな選手には絶対に勝てないという、努力だけでは決して超えられない壁がはっきりと見えると思います。

 

それでは音楽の世界ではどうでしょうか?

息を多く使う管楽器奏者や歌手の場合は、肺活量は多い方が有利ですし、肺活量を増やすための筋力が発達しているに越したことはありません。

それでは優れた管楽器奏者や歌手が皆、水泳選手のようなトレーニングを行い、逆三角形の体をしているかと言うと、そういうわけではありません。

同じ時間で腹筋を100回行って肺活量を増やすトレーニングをするよりも、スケール練習を10回して音感や息の使い方の向上のトレーニングをする方が演奏力の向上につながるからです。

 

打楽器や鍵盤楽器の場合、打面への衝撃が強ければ強いほど大きな音が鳴るのは事実ですが、大きい音を出すためには筋力を鍛えるのではなく、打面への当て方、つまり当てる場所や角度、スピード、手首の柔軟性がより重要になります。

打楽器の場合、大きい音を出すため、力任せに演奏をすれば楽器が壊れてしまいます。

ピアノの場合は内部に貼られた弦が振動して音を出す仕組みなので、音の大きさ限界があります。

いくら撃力を高めてもある程度以上の大きい音は出ないのです。つまり腕の筋力を鍛えることが、より大きい音を出す要因にはならないということになります。

 

〜後編に続きます〜

音楽家と才能

  • 2018.09.07 Friday
  • 15:18

JUGEMテーマ:音楽教室

 

 

よく「天才音楽家が云々」や「私には音楽の才能が無いから云々」などという話を耳にします。

もちろん子供のうちから音楽が得意な人や好きな人もいれば、苦手意識を持った人やあまり好きでない人もいますが、私は生まれ持った遺伝的要因が音楽の実力に大きな影響を与えるとは思いません。

むしろ遺伝要素よりも環境が大きく作用すると考えています。

 

絵画やスポーツの世界では、「経験ゼロなのに、始めてみたらいきなり才能が開花した」という話を聞いたことがあります。

全ての絵画ジャンルやスポーツ競技であてはまるということはありませんが、イラストレーターや格闘家では、その生まれ持った抜群のセンスで、始めてまもなくトッププロに上り詰めるという人もいます。

 

しかし私の知る限り音楽の世界では聞いたことがありません。

音楽のトッププロは皆、長い年月をかけた努力の積み重ねで現在の地位を確立していると言えます。

今まで楽器を一切触ったことのない人が、一週間練習しただけで音大に合格するという事態はまずあり得ません。

 

モーツァルトのように神童、天才として持て囃され、幼少時から実力を発揮する音楽家もいますが、近年の研究によるとモーツァルトは3歳から5歳の間には既に3,500時間以上の訓練を行っていたと言われています。

2年間、毎日5時間以上の練習を続けた計算になり、今の時代であれば虐待と捉えられるかも知れません。

努力を続ける能力もまた才能であるということは言えるでしょうが、特別な遺伝子を持っているために、音楽を始めていきなり完璧な演奏が出来たというわけではないようです。

 

モーツァルトのように5歳から作曲をするというのは凄いことですが、5歳で作曲した曲と20歳や30歳頃に作曲した曲ではクォリティが全然違います。

つまり天才と言われる音楽家も、常に努力を怠らず、音楽的才能を開花させるために前進を続けていたのです。

 

ですので「自分には音楽の才能が無いから、子供に音楽をさせても無意味だろう」とか、「楽器を始めたのに全然上達しないから自分には音楽の才能は無いのだろう」という考えは大きな誤りを含んでいると言えます。

スポーツと同様に、音楽も続けていれば、いつか「もう少し練習がしたい」や「この曲が弾けて嬉しい」などと感じる瞬間が訪れるはずです。

天才や神童と言われる音楽家は、幼少期にこのような感情を経験できた人だと思います。

「好きこそ物の上手なれ」と言うように、語弊を恐れずに言えば、とどのつまり「音楽の才能がある」というのは「音楽を好きになれる」ということと同義であると言っても過言ではないでしょう。

ギター練習と水ぶくれ

  • 2018.09.06 Thursday
  • 16:41

JUGEMテーマ:音楽教室

 

 

ギターを始めて間も無い方だと、すぐに指先に水ぶくれができてしまうと思います。

かく言う私も練習不足であったり、レコーディングで長時間がギターやベースに触っていたりすると、たまに指先に水ぶくれができてしまいます。

水ぶくれは一時的なものなので、必ず治るものなのですが、破けてしまったら痛みのあまり、ギターの押弦はできなくなってしまうでしょう。

 

ギターを始めたばかり、もしくは普段あまり弾かないのに急にたくさん弾くといった際には、なんとなく指先がダメージを受けていると感じると思います。

そういった場合には指を小まめにチェックすると、水ぶくれのでき始めに気付くことができます。

気が付いたら、思い切って練習は中止しましょう。

そのまま練習を続けると水ぶくれが割れて、数日練習できない状態が続くので、かえって上達の妨げになってしまいます。

 

水ぶくれはついつい潰したくなってしまうのですが、潰して消毒、乾燥させるよりもそのまま潰さずに、水ぶくれの中の体液で炎症部分が自然治癒するのを待つ方が効果的と言われています。

水ぶくれができてしまったり、割れてしまったりしても、どうしても弾かなくてはならないという場合には、ケアリーブという丈夫で柔らかい絆創膏を貼って演奏したこともあります。

ただ痛いですし、演奏に支障もきたすのでオススメできません。

 

水ぶくれに悩むのは、ギターを始めたほんの二週間くらいの間くらいだと思います。

そして水ぶくれができているということは、ギターが上達しているという証拠です。

ギター歴一ヶ月ともなれば、水ぶくれに悩むことはなくなると思うので、安心してください。

第一関節の凹みと猫の手

  • 2018.09.05 Wednesday
  • 16:06

JUGEMテーマ:音楽教室

 

 

鍵盤楽器や弦楽器の練習で気を付けなくてはならないのは鍵盤や弦を押さえ方です。

楽器を始めてすぐの方ですと、鍵盤や弦を押さえる際に指が突っ張って、第一関節が凹んでしまう場合が多いかと思います。

特に特殊な弾き方が求められてない限り、この第一関節を凹ませずに自然と曲がるように演奏することが上達の一歩です。

関節が凹んだままの演奏が癖として身についてしまうと、上手に指の力を抜いて演奏できないので、正確な演奏の妨げになったり、指が疲れて演奏できなくなってしまったりします。

 

私の教室では第一関節が自然と曲がり、良いフォームで鍵盤や弦を押さえられている手を『猫の手』と呼んでいます。

包丁で具材を切る際の左手、本家の『猫の手』ほど丸まっている感じではないのですが、演奏者の目線から指を見ると、猫の手ように見えなくもないと思います。

以下にピアノの悪い手の例と、猫の手の例を示しておきます。

 

ピアノ - 悪い手の例

 

ピアノ - 猫の手

 

ピアノだけでなくギターの演奏でも猫の手は重要です。

 

ギター - 悪い手の例

 

ギター - 猫の手

 

この猫の手ですが、ヴァイオリンやチェロといった他の弦楽器でも重要ですが、弦楽器では複数の弦を押さえる際など、あえて第一関節を凹ませて押弦するという奏法もあります。

ただ単音で演奏する際の基本は、猫の手です。

 

レッスン中は先生が矯正するので問題は無いと思いますが、家で練習する際に指を突っ張ったまま弾き続けていると変に癖がついてしまい、猫の手で弾けなくなってしまう場合もあります。

初心者の方は自宅練習時には、第一関節の曲がり方を意識して演奏すると良いでしょう。

マイクの保管

  • 2018.09.04 Tuesday
  • 15:40

JUGEMテーマ:レコーディング

 

 

私は以前あまり高額なマイクは所有していなかったのですが、クラシック音楽作品、ピアノ独奏曲のレコーディングのために一本数万円以上する定番マイクのステレオセットを購入したため、今年からマイクの保管用に防湿庫を導入しました。

コンデンサーマイクと呼ばれる種類のレコーディング用マイクは精密機器ですので、埃や湿気に非常に弱く、保管に特に気をつける必要があります。

乾燥剤入りの密閉された箱に入れ、定期的に乾燥剤を交換するという保管方法もあるのですが、非常に手間がかかってしまう上、湿度のコントロールも難しいので、多少の出費はかさんでしまいますが防湿庫を購入して保管する方が非常に楽です。。

 

防湿庫と言ってもマイク専用の防湿庫というものはなく、カメラのレンズや一眼レフカメラを保管する防湿庫で代用します。

マイクはカメラのレンズに似た形状のものも多く、レンズを置く窪みにぴったり挟まるので、収納上の問題はほぼありません。

私の防湿庫は中の湿度を調整するノブが付いているので、これで湿度をコントロールし、30〜40%に保つことができます。

中にはLED証明が付いているので、懐中電灯などを別途用意しなくとも中の様子を外から確認することが可能です。

マイクやカメラのレンズにカビが生えるという話もたまに聞きますが、この機種は光触媒による抗菌作用でカビの発生を抑えます。

 

 

東洋リビング オートクリーンドライ

 

 

何より嬉しいのが、メンテナンスフリーであること。

電源は常に挿しっぱなし、電気の力で乾燥と除菌を自動で行います。

電気代は1日1円程度ということなので、導入前と導入後で電気代の差は特に感じられませんでした。

一台数万円と決して安くはありませんが、所有するマイクの総額が10万円を超えるようなら導入を検討してみてはいかがでしょうか。

作曲家になるには-クラシック編-

  • 2018.09.03 Monday
  • 09:48

JUGEMテーマ:音楽活動

 

 

あなたの身近にクラシック音楽の作曲家はいるでしょうか?

多分「はい」と答える人は少ないと思います。

コンピュータ音楽やヴォーカロイド(歌詞とメロディをプログラミングしてコンピュータに歌わせるソフト、初音ミク等)の発展、またインターネット上に気軽に自分の投稿をできる時代になったので、作曲をする人自体は身近にいるかも知れません。

それに対し、クラシック音楽作品を発表している人はあまり多いとは言えないでしょう。

 

クラシック音楽の作曲家を目指す人は演奏家を目指す人に比べると少ないでしょうが、各音楽大学に作曲科があるように、クラシック音楽の作曲家になるためには誰もが行う体系的な修行と訓練があって、その過程を終えて、クラシック音楽の技法に則った作曲を行うことができるようになります。

身近な数学の例で考えると四則演算→分数→小数→正負の数→三角関数→微分・積分などと、順を追って勉強をしていかないと微分・積分を理解することはできません。

これと同じで、作曲も平易なところからスタートして段々と難しい理論を勉強していくことになります。

 

大学の作曲科で学ぶ音楽理論の基礎学習としては『和声』と『対位法』が大きなウェイトを占めています。

この二つの項目を修行すると、バロック時代(17世紀初頭)からロマン主義時代(19世紀中頃)までの音楽がどのように作曲されたのか、またどのように作曲を行うのかを理解することができるようになります。

この修行を終えていない作曲家がクラシック音楽風の作曲をしようとしても、恐らくクラシック音楽には聞こえない、クラシック風ですが、どことなく違和感のある作品になるでしょう。

 

和声学では三つ以上の異なる高さの音が同時に鳴る和音について学びます。

ピアノの鍵盤でドとミとソを同時に鳴らすと綺麗な響きが得られます。

このように、どのような組み合わせで綺麗な響きが得られるのか研究するのが和声学です。

 

一方、対位法学では二つ以上の異なる旋律を組み合わせてコード進行を作り出す方法を学びます。

対位法を極めれば単旋律の楽器二本、例えばトランペットとサックスでもコード進行を感じさせる美しいハーモニーを生み出す作曲や編曲ができるようになります。

和声と対位法の修行は表裏一体で、どちらか一方の学習が疎かになってしまうと、他方の学習も進められないという事態に陥ってしまいます。

 

一般的な大学レベルでの和声学習の到達点としては、オーギュメントコードやトリスタンコードと呼ばれる臨時記号を伴った和音の進行を理解し、作曲の中で活かせるようにすることです。

通常は期末課題として、これらの技法を取り入れたピアノ曲の作曲が課せられます。

 

それに対し一般的な大学レベルでの対位法学習の到達点は、四声のフーガを作曲ができるようになることです。

フーガ作曲技法の習得はクラシックの作曲家を名乗るには超えなくてはならない壁ですが、ある程度のレベルに達した四声のフーガを正しく書けるようになるのは、至難の技です。

四声のフーガ作曲に至る前段階、例えば二声のカノンや二声のインベンション作曲は、誰にでもと言うと語弊がありますが、ある程度の音楽知識と経験があれば努力次第で十分可能だと思います。

ただ四声のフーガを正しく作曲できるかようになるかどうかは、その人自身の努力だけでは解決できない音楽センスに依るところが大きいと思います。

 

これらの和声と対位法の技法を習得したら、免許皆伝、晴れて作曲家としての基礎が身に付いたと言えるでしょう。

あとは各楽器がどんな音が出て、どんな弾き方をするのかという勉強や、オーケストラなどの大編成の作曲方法、音楽史、それから近現代の作曲方法を学んでいくことになります。

これらの発展的な学習順序や修行方法は、個人の学び方や大学の教育カリキュラムによって異なる場合が多いのですが、和声と対位法はどの学校でも必ず同じ内容を勉強します。

 

ですので、和声と対位法を習得し、自由に使いこなせる、作曲に活かせるようになれば、その時点でクラシック音楽の作曲家と名乗っても問題はないと思います。

ただ、現在クラシック音楽の作曲家として活動している音楽家の全員が正しい四声のフーガを書けるという訳ではないのかなと、経験上感じるところがある次第です。

音楽家と知名度-書籍出版編-

  • 2018.09.02 Sunday
  • 12:09

JUGEMテーマ:音楽活動

 

 

〜前回の続きです〜

 

コンクール入賞も、全く話題にならなかったのですが、その8年後、再びBuzzる(※)だろうというチャンスが訪れます。

(※インターネット上で口コミなどを通じて一躍話題となるさま)

 

経緯はまた別の回でお話するとして、2018年4月に私の書いた音楽の教科書が出版され、現時点で発売から4ヶ月ほどですが、立て続けの重刷と予想以上のヒットとなりました。

これをきっかけに今までの作品に注目が集まればと思ったのですが、決してそうはならず、相変わらず取材ゼロ、周囲の反響もほぼゼロのままです。

 

この知名度の無さから実害が生じてしまうこともあります。

Googleには出版した本の著者情報(ナレッジパネル)と著者本人のGoogleアカウントを紐付け、著者自身が常にベストな画像や、正確な情報を掲載できるようにオンライン上で管理するシステムがあります。

私の著作でも例外ではなく、著者情報と著者のGoogleアカウントを紐付けるため、Googleは著者からの連絡を待っている状態でした。

私は個人情報の提出とともに本人申請を行ったのですが、Googleは本人としての認証ができない、つまり成りすましの可能性があるとして、申請を却下しました。

 

申請時に必要な個人情報の一つに『公式ウェブサイト』にログインしているスクリーンショットを送るというものです。

これは推測の域を出ないのですが、「ナレッジパネルに記載されている人物の公式ウェブサイトのアクセス数がこんなに低いはずがない」→「成りすましの可能性がある」という判断に至ったのではないかと考えられます。

現時点で私のナレッジパネルに誤情報が含まれているので、なるべく早く訂正したいのですが、本人認証を人工知能が行っているのだとしたら、このハードルを越えるのは難しいかも知れません。

 

ちなみに私の父も、音楽ではありませんが、群馬県で開業をしています。

専門資格職業なので、〇〇法律事務所や〇〇行政書士事務所などのように本名を公にして仕事をしています。

事業広告も出していませんし、アクセス数の多いウェブサイトを持っているとか、本を出版したことがあるとか、そういうことは一切ないのですが、それでも検索エンジンで検索すると、私よりもはるかに多くの情報量がオンライン上に多く含まれています。

 

音楽も士業も一緒、つまり継続は力なりということで、音楽を聴いてもらうためには一発当てて急激に知名度を高めようとするよりも、少しずつ堅実に実績を積み重ねていくことが大事ということなのかと思います。

音楽に王道なしということです。

 

ちなみに楽譜と音源は以下Youtubeアカウントから閲覧、視聴可能ですので、良かったら聴いてみてください。

清水響公式Youtubeチャンネル

音楽家と知名度-コンクール編-

  • 2018.09.01 Saturday
  • 12:54

JUGEMテーマ:音楽活動

 

 

私が音楽活動を行っている理由は単純で、多くの人に自分の楽譜を見て、音楽を聴いてほしいからです。

しかしながら最大の問題点は「誰も聴いてくれない」ということです。

 

作品番号の付いている楽曲の内容に関しては絶対の自信があるので、今現在でなくとも、孫やひ孫、後の子孫の代かも知れませんが、必ずいつか評価される日が来ると信じています。

もちろん最初期の作品は粗も感じられますが、ともかく偉い音楽家や音楽ライターが楽譜を一目見てもらえれば納得していただけると思い込みながら音楽活動を続けている次第です。

 

誰にも聴いてもらえないのは、現代のクラシック作曲家の作品に興味を持てないという方が多いことに加え、作曲家として圧倒的な知名度の低さに一因があるのかなと思っていますが、過去に「これはBuzzる(※)だろう」と感じたことが二回ほどありました。

(※インターネット上で口コミなどを通じて一躍話題となるさま)

 

一度目は2010年から2011年にかけての、アメリカの国際作曲コンクールで入賞した時です。

コンクールとしては珍しくトーナメント形式で、各州の優勝者が次のアメリカを6つの区分に分けた地区戦へと進み、更にその優勝者、つまり全米の上位6名が決勝に進出するというコンクールでした。

私は作曲と和声の基礎学習を終える段階で、初めて自由に作曲した作品を、当時の作曲の先生の推薦でコンクールに提出しました。

以下がその作品です。

 

 

この作品はマサチューセッツ州で優勝、全米東部地区でも優勝し、決勝に進みました。

惜しくも3位までの入賞には届きませんでしたが、州予選や地区予選で佳作入賞だった作曲家でも、新聞をはじめとするマスコミの取材を受けていたりしていたので、これは多くの人に自分の音楽を聴いてもらえる大チャンスだと思いました。

もちろん世界の作曲家全てが参加したコンクールではないのですが、この手の大会であれば「全米第4位」とか何とか言われるのではないかと期待していました。

 

しかし蓋を開けてみれば、全くの無風。

取材ゼロ、反響ゼロ、 地元でも出身大学でも全く話題になりませんでした。

 

ただ実績として価値はあったので、その後の大学院の進学や奨学金の授与など、進路には大きく影響したと思います。

とは言うものの、当初の「もっとたくさんの人に聴いてほしい」という野望は持ち越しになりました。

 

〜後半へ続きます〜

英単語は聞き分けられなくても必ず発音できる?

  • 2018.08.31 Friday
  • 16:47

JUGEMテーマ:英語学習

 

英語で歌ったり話したりする際に、やっぱり気になるのは英単語の発音です。

"TH"や"R"と"L"の区別など、日本語の発音に無いものは難しいです。

 

私は留学生として10校以上の大学院を受験しました。

大学院によって非ネイティヴスピーカーに対する英語レベルの判定基準は様々です。

大抵は「TOEFL100点以上」「TOEFL100点以上だが英語の学位を持っている場合は免除」とかいったものなのですが、その中の一つに「TOEFL100点以上だが14歳以下でアメリカに移住してきた者は除く」というものがあります。

つまり、年齢によって英語の吸収力が異なるということが認められてしまっているということです。

 

確かに聴力や音声記憶力は言語力と密接に関わっていると言われるので、年齢とともに聴力が衰えると他言語のヒアリングの難易度は高くなるかも知れません。

ただ「リスニング能力」と「発音」というのは密接に関わっていますが、必ずしもリスニング能力が弱くても英単語の発音そのものが難しいというわけではないのです。

聴力の弱くなった高齢者だからと言って、喋ったり発音したりすることが困難になるということはありません。

口の動きや喉の使い方が発音を覚えていて、たとえ他人が何を言っているか理解できなくとも、自分が言いたいことは伝えられるのです。

 

これと同じで"TH"や"R"など、日本語に無い発音で、たとえ聴き分けができなくとも、口と喉が発音方法を覚えてしまえば、再現することは可能です。

簡単な例を挙げると、"SA"と"SHA"の違いは聞き分けられるし、異なって発音することも容易だと思います。

日本語ではあまり"SI"と"SHI"の発音の違いは大きく気にならないと思いますが、英語の発音では、この"SI"と"SHI"は先ほどの"SA"と"SHA"ほどの違いがあり、実際に"Sea"と"She"では全く別の英単語として認識されます。

日本人にとってこの"Sea"と"She"を聞き分けるのは、"SA"と"SHA"の聞き分けよりは難しいと思いますが、区別して発音するのは容易なことでしょう。

 

これと同じで"TH"の発音や"Right"と"Light"の発音の区別は、聞き分けが出来なくとも、発音することは可能なのです。

ただし自分が正しい発音をしているかどうかは、英会話初級者であれば判断できないことがほとんどなので、その点を判断して指摘してくれる先生が必ず必要です。

ただ一度覚えてしまえば、口と喉はその発音を簡単には忘れないでしょう。

 

英語初級者でもカラオケやスピーチなどで英語を喋る機会がある方は「聞き分けられなくても発音はできる」ということを念頭に置いて、発音練習をすると成果は確実に現れると思います。

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