20世紀で最も成功した作曲家を一人挙げなさいと言われれば、多くの人はイーゴリ・ストラヴィンスキーと答えるでしょう。
ストラヴィンスキーは、委嘱作品として、芸術プロデューサーや団体から作曲を頼まれる機会が多くありました。
彼は音楽的表現に制限を持たせる、つまり楽器の数が決まっていたり、特定のテーマに絞った曲を書くことよりも、「自由に作曲してください」と頼まれるほうが大変であるという趣旨の言葉を残しています。
つまり与えられた制約の中で作曲を行うことが、かえって特性を活かした曲が書けるということです。
私は子供の頃からドラゴンクエスト、通称ドラクエというゲームをプレイしてきました。
ドラクエ人気の理由の一つとして、すぎやまこういち氏が作曲した音楽が挙げられます。
今でこそゲーム音楽は映画のサウンドトラックにも引けを取らないほど、多彩なサウンドに溢れていますが、その昔、少なくとも私が幼少の頃は、そうではありませんでした。
コンピュータ技術と容量の都合上、少ない音数の音楽を、限られた種類の電子音で鳴らすことしかできなかったのです。
逆に言えば、与えられた制約の中で作曲を行う必要があったため、作曲家としての創意工夫が試される時代でもあったと言えるでしょう。
すぎやまこういち氏は本来ゲーム音楽を作っていたわけではなく、ひょんな経緯でドラクエの作曲を行うことになりました。
(氏のエピソードは大変面白いものばかりなので、興味のある方は是非調べてみてください)
そこで、すぎやま氏は「ゲーム音楽はプレイヤーが何度も耳にするものだから、一回聞いて耳に馴染んでもすぐに飽きられてしまう流行歌のように聞き減りするものではいけない。何百年経っても一向に飽きられる気配がないクラシック音楽を中心に作曲をしていこう」という方針で作曲を始めました。
当時他のゲームでは「またこの曲かー。聞き飽きたよー」となりがちでしたが、ドラクエでは「また聴きたい」と思うプレイヤーが続出しました。
また初期のドラクエの容量はとんでもなく少なく、携帯電話で撮ったデジタル写真一枚にも遥かに及びません。
音が最大で三音しか同時に鳴らないのです。
そのうち、一音は効果音に用いられるので、実質的に同時に鳴る音は二音のみです。
すぎやま氏はこれを逆手に取り、二声の対位法の曲を作曲しました。
対位法とは18世紀に活躍したヨハン・セバスチャン・バッハが用いたことで知られる作曲技法で、二音の異なるメロディを組み合わせて、ハーモニーを作り出すという手法です。
バッハ風の音楽と、ドラクエの中世ヨーロッパ風の世界観が絶妙にマッチし、この方法は大成功を収めます。
他にも洞窟を探索する際、地下に進むごとに音楽を変えたいのですが、容量に制限があり、あまり多くの曲を一つのゲームに入れることはできませんでした。
そこでドラクエでは、地下への階段を降りると、同じ音楽が高い階層よりも遅く、また低い音で演奏されるようにプログラミングされています。
一つの音楽プログラムで、多数の場面に対応しているのです。
このように多数の制限をクリアして、また制限を逆手に取って作曲されたドラクエの音楽は、単に家庭用ゲーム機による電子音のBGMではなく、その後のゲーム音楽業界に多大な影響を与えるエポックメイキングな作品と言えるでしょう。
他にもスーパーマリオブラザーズの音楽もまた二声の対位法的な音楽ですし、有名なファイナルファンタジーのオープニング部分は、コンピュータに負荷をかける和音を避けるためか、和音ではなく分散和音となっています。
このように初期のゲーム音楽はどのようにして作られたのかを知り、その制限を逆手に取る手法は現代の作曲家にも非常に学ぶところがあるように感じられます。